インドア国散歩

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Hyvää syntymäpäivää!


Hyvää syntymäpäivä!
※ 画像は2010年12月25日竹林「メリークリスマス!!」より。

フィンランド語で「誕生日おめでとう」は「Hyvää syntymäpäivää!」
読み方は「ひゅゔぁー しゅんてゅまぱいゔぁー」だそうです。

1917年の今日、当時フィンランドを領有していたロシアに、フィンランド領邦議会は独立を宣言しました。
これを記念して、12月6日がフィンランドの独立記念日(Itsenäisyyspäivä)とされています。
この日は国民の祝日とされ、多くの店舗やサービスがお休みになり、パレードやパーティーが行われるそうです。
フィンランドの新聞Helsingin Sanomatのサイトでは、独立記念日の戦車パレードなどの写真を見ることが出来ます。

以下ネットで紹介されていること(ほぼwikipedia)の切り貼りですm(_ _)m

1155年にスウェーデンに征服されてから、長い間スウェーデンの属州とされていたフィンランド。
時代は飛んで1397年。デンマークを盟主にした王国同盟・カルマル同盟が成立すると、スウェーデンの圧力は減ったものの、今度はデンマークの重税に苦しめられました。
しかし1523年には、スウェーデンがデンマークから独立。独立を目指していたフィンランドでしたが、ロシアやポーランド・リトアニア連合から逃れるため、フィンランドは再びスウェーデンの従属国となります(スーさんと家出 / 北欧の暴れん坊スーさんに振り回される)。

スウェーデンに従属していた17世紀後半から18世紀前半にかけて、相次ぐ凶作と悪疫、スウェーデン人による失政に戦争、更には農民一揆による内乱も起き、フィンランドは破滅的な打撃を受けます。
そして18世紀初頭、大北方戦争(スウェーデン対ロシア・デンマークなどの反スウェーデン同盟による戦争)でスウェーデンが破れると、今度はロシアの攻勢が濃くなりました。
1809年には、ロシア軍はフィンランドを全域を制圧。ロシアのアレクサンドル1世がフィンランド大公となり、フィンランドは初めて文化も宗教も異なる国に支配されることになりました。

ただ、アレクサンドル1世の甥であるアレクサンドル2世は啓蒙君主として名高く、フィンランド人の民族的基礎もこの頃築かれていったようです。
そしてロシアの統制とフィンランドの民族主義、ロシアへの反発が強まる中、ロシア革命でロシア帝政が倒された混乱の中、1917年の12月6日にフィンランドは独立を宣言。
1918年には共産化し、フィンランド社会主義労働者共和国が成立しました。
なお、この時の独立運動家の中には、元々フィンランドを領有していた側であるスウェーデン話者の運動家も、多数いたとされています。
しかしようやく独立を果たした後も、フィンランド内戦やロシアとの冬戦争が起こり、最終的には第二次世界大戦敗戦国として、再びロシア(=ソ連)の勢力下に置かれます。
それでも1952年に対ソ賠償を無事完済したフィンランドは、その後急速に福祉国家への道を歩み始めることになったそうです。

それにしてもフィンランドの誕生日が12月ってぴったりですねヾ(*´∀`*)ノ
それではmoimoi!!


参考にさせて頂いたサイト様
フィンランドを楽しむ方法!マトカの旅ブログ
wikipedia:フィンランド / フィンランドの歴史 / フィンランドの文化

12月12日追記:拍手、それからコメントありがとうございました♪
記事では書けませんでしたが、フィンランドの学校や図書館のこと、それからムーミンの大使館での公報活躍ぶりなど面白いものもたくさんありました(*^▽^*)
今回はちょっと真面目な内容だったので、次のフィンランドの誕生日には明るい内容をご紹介したいです☆

続きは拍手からコメントをくださった瀬緒さんへの返信です♪









> 瀬緒さん
もいもいハピバです!
しかしノリノリで書いていたら、後半フィンランド誕生日とほとんど関係ない内容になってしまって(;´∀`)
歴史の所まで読んでくださって、本当にありがとうございますヽ(〃▽〃)ノ
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